Diary

無に還るとき


 たまに自分自身がなんで今の状態になっているのか分からなくなる時ってありませんか?

 僕なんかしょっちゅうあって、趣味なんかも「なんでこれが好きなんだろう?」っていう感じで、自分自身が分からなくなる状態があります。


 ま、自分の好きなものなんかの場合はそのきっかけがあるわけで、それが思い出せれば、「あぁ、そうだった」ということになるんですが、こういう「無」のような状態の場合は大抵疲れている時が多くて、訳が分からなくなるケースが多いです(苦笑)。

 ちょっと矛盾なんですが、自分の中に「無が有る」って状態でしょうか。存在はあるんだけど、その中が空っぽになっちゃうというか。そういう時ってメチャクチャ虚しくなったりします。何にも無くなっちゃうんですもん。

 これって、たぶん無意識のうちに多くの人が逃げているものなんじゃないかなと思うんです。空っぽにならないように、友達とか恋人とか仲間たちと一緒にいたりして虚しくならないようにしたり、あるいは何かに打ち込んだりして悲しさ、虚しさを感じないようにしたり。

 僕なんかはどうも集団社会が肌になかなか合わないようで、職場にいて仲間がいても、そういう空っぽをしょっちゅう感じちゃう傾向があるんですよ。まあ、おそらく自意識過剰だったり、被害妄想だったりするんだろうと思うんですが…(爆)

 空っぽが何だ、っていう風にも思うんですけど、まあ、いわゆる自分の中に蓄積してきたものが「なんだったんだろ?」って思っちゃうと、今まで無意味に過ごしてきてたのか、とか余計なことを思っちゃうわけです。今までいろいろやってきてるんだから、足跡みたいなものをどこかにちゃんとした形で残したいなぁなんて僕なんかは思っちゃうので。だからこうやって、日記とかも書き続けてるのかも知れませんね。


 …なんだかとりとめのない文章になってきてしまいました(爆)。でも、以前なんかはこんな文章を書いている時は「この世の終わりだ」みたいな勢いで書いていたんですが、今はそんな感じでは無いです。でも、胸のつかえはずっと取れないですけども。

 自分の中で「何か」が違うと感じているんだけれど、それが分かるまでどのくらいかかるかはさっぱり検討がつかないし、もしかしたら最後まで分からないかも知れません。

 ま、心の状態なんて、人それぞれなんで僕の言っている感覚みたいなものって伝わらないかも知れないですけど、何となく「それ、分かる!」って思ってもらえたら嬉しいかな、なんちて(爆)。
2005年06月27日(月) No.85 (思馳◇ひと言)

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